試さとは?

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[ 138] 李晋王、閲兵して諸将の弓術を試さしむ
[引用サイト] http://home.att.ne.jp/omega/ryumachi/lasttang/point9.html
李克用は良匠に命じ、李存孝が撲殺した虎をもとにして武具を作らせた。虎の頭は兜となり、皮は剥がれて袍と化し、足の皮は靴の素材として使われた。また、尾がはさみの形をしている燕鞭や、とう猊(「とう」は、けものへんに唐と書く。古代の獣の一種)が描かれた鎧、鉄槊もそれぞれ拵えられた。 これだけでは足りないと思い、克用は良馬をも存孝に授けた。勇将はすべからく雄馬に跨るべきだ、と遊牧民の首領は常に考えている。 さて、存孝はというと、与えられた馬に跨らんとしてつややかなる鹿毛の背中をおさえた。しかし、馬は存孝の一押しで倒れてしまった。克用は別の馬に替えたが、これもまた存孝によって倒されてしまった。 克用はそういって、将士に命じて『千里渾』を牽かしめた。存孝は揚々と飛び乗ろうとするが、克用自慢の駿馬も存孝の前には無力となった。 「四蹄を鉄鎖で縛り付けている、あの馬のことですか。恐ろしくて近寄る者がいない、と伺っておりますが」 「うむ。あれは父上が亡くなってから誰も乗り手がいなくなり、手が負えずに鎖で繋いだのだ。我が千里渾ですら使えぬのであれば、あれしかなかろう」 その馬は、代州の厩舎でただ一頭隔離されている。遠目ではおとなしそうに見えるが、ひとたび暴れれば手のつけようがないことを、克用幕下の者たちは心得ていた。 悍馬を前にして固唾を呑む従士を、克用は急かした。そこで、従士四人がかりで一斉に鉄鎖を放つが、束縛より逃れた途端に、馬は突然咆哮を発して厩舎から飛び出した。存孝は突進せる馬から身をかわし、すぐさま振り返って左手で馬のたてがみを叩き、跳ね上がって馬の背に乗った。馬は存孝を振り落とさんとする勢いで猛々しく体を揺り動かす。 存孝は眉目をつり上げながらたてがみを引っ張り、これを統御する。厩舎のあたりを回ること数周にして、馬は漸く落ち着きを取り戻してきた。 「こいつはなかなか良い馬ですね。ただ、軽装で乗りこなすのは難しそうです。腰を痛めかねません」 友軍とふたたび合流してから、克用は存孝を正式に仮子と定めるべく、恭賀の式を整えた。士は文武を問わず、営内において存孝を大いに祝った。 「父王のご厚恩を受けたことを誇りに思い、名を汚さぬよう尽力してまいります。こたびの戦では、この私が先鋒を引き受けとうございます」 「晋王には古参の精鋭が数多いらっしゃるではありませんか。彼らをさしおいて存孝どのを重用すると、晋王は旧きを捨てて新しきを迎えるような人だ、と衆人からみなされかねません」 「晋王はそうお思いだとしましても、他人からすればそうとは限らないのです。存孝どのの膂力が優れていることは私も承知しておりますが、ここは公平を期して先鋒を選ぶべきと存じます」 「諸将に矢を三発放たせ、より中心に当たった者を先鋒と選べば、衆人から非難も挙がることはないでしょう」 翌日、克用は朱色の錦の戦袍を、営外にある楊(やなぎ)の枝に引っかけ、そこから百歩の位置に印をつけた。 「ここより、あの戦袍に向かって矢を射よ。三発までだ。中(あた)らば金を鳴らし、鼓を打つ。最も優れた者にあの戦袍を授け、来たる南征において先陣を切ることを許す」 喊声が上がるとともに、衆の中から赤い袍を着た男が、弓を片手に馬もろとも飛び出した。十三太保のひとり、康君立(こうくんりつ)である。彼はそのまま、克用が引いた線までやってくると、箭を番え弓を引き絞り、朱の戦袍めがけてひょうと放った。しかし、箭は標的に届かぬうちに地へ落ちた。静寂が、あたりを包む。 「陽五に免じて、斬り捨てるのはなしにしてやろう。だが、完全に許すわけにもいかん」 克用が手振りで諸将に前へ出ることを促すと、緑袍を纏った男が息を荒くして進み出た。十三太保と並ぶ克用の子飼い、「五百家将」の副将、夏日新(かじつしん)である。印の位置に立つと、彼は標的をじっと見つめる。 そう呟いてから、彼は矢を放った。矢はあやまたず朱の戦袍を貫いた。金と鼓とが響き合う。 克用の仮子で、回鶻(ウイグル)出身の李存信は衆に言を巻くと、立て続けに三発の矢を射た。そのうちの一発が朱の戦袍に刺さった。 十三太保のひとりである李嗣源が進み出た。彼もまた、間断なく三発を射た。二発が朱袍に突き刺さる。 太い声が耳に入り、嗣源は衆を睨め回した。赤袍の群れより、虎の頭が前へと動き出る。 存孝が微笑を浮かべ、朱袍に背を向けた。身をねじり、標的に目を据える。そして放たれた三発の矢は、みな朱袍を貫いた。金鼓が激しく鳴り響き、衆から喝采が沸き起こる。 「すべてあてたぞ。これで先鋒は決まったな。さあ、錦の戦袍をとりていざ都へ赴かん」 存孝は声を張り上げ、さらに矢を一本番えた。射られた矢は、楊の梢を切り裂いた。錦の戦袍が、地に臥せる。存孝は楊の下まで馬を駆り立て、錦袍を取った。そして下馬し、克用に拝礼した。 その夜、克用は酒席を設けた。宴酣の頃、轅門の外から招かざる客がやってきた。物音を察した存孝が燕鞭を取って様子を窺うと、槍を手にした二人の男の姿があった。ひとりは身の丈八尺ほどで狐の如き眼を持つ痩身で、もうひとりは虎髭を生やした中肉中背の男である。 阿檀が存孝めがけて槍を突きにかかった。存孝は身を傾けてこれをよけ、阿檀の脛に鞭を打った。さらに阿檀が悶えている様を見ずして休休に向かい、右腕に鞭を打ち付けた。 翌朝、克用の軍勢は黄河と渭水の合流点に程近い河中府の方面に向けて発せられた。飛虎山を越え、昼に軍を進めて夜に宿営を築くこと一月、忻州(きんしゅう)に至った。その鎮守官たる李友金は、門を開けて克用らを迎え入れた。互いに礼を交わし、友金は晋王を皇兄と呼び、晋王は友金を皇弟と呼んだ。友金は晋王とその将官らを大いに饗応した。晋王が一杯また一杯と酒を呷っていると、友金が立ち上がって近づいてきた。 夜が明けてから、克用は友金に別れを告げ、再び南西を目指した。行軍すること二日足らずにして、石嶺関の手前までたどり着いた。翌日に関を破るため、晋王の軍勢は陣営を構えた。
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[ 139] まささんの灰色日記:試さなあかんことを試す
[引用サイト] http://blog.livedoor.jp/pharmacist_of_ralpher/archives/51042744.html
ETCを付けてはや数週間。ところが付けたところで1度も高速に乗ってなかった。首都高で試すのもいいが、まささん首都高嫌いw。 高速自体のるのも3月か4月に館山に行って以来やから結構日にちが経っている。てことで、今日の目的は以下の通り で週の頭にとある人に連絡したところ、来てもえ〜よという連絡をいただいたんでそれに便乗した。ルートとしては 迷WANがあるんで迷うことなく横浜青葉まで行く。てか、1本道なので迷うことさえなかったw。高速入口近所のGSでガソリンを満タンにしていざ出発。 早速料金所へ。ディーラの方には『一応20kmで』って言われてたので、律儀に守って通過。通過してみるとなんかあっけなかったので、『こんなんでえ〜んか?』って思うほど拍車抜け。でも、いちいちバイク止めて、Nにして、グローブ外して、チケット取って、チケットしまって、グローブはめて、1速に入れて、GOっていう行程なくするりと行けるのはとて〜〜も便利だw。 そして快調に進むはず・・・・やってんけど、お盆週間やないですか・・・、あったり前のように渋滞してるんです。 とかね・・・('A`)。でも、乗ってるのはバイク。するする行けるはず・・・なんやけど、本線はやっぱり渋滞なんですよ。てことで、迷うことなく路肩走行wwwww。右側でちんたら走ってるあるいは止まっては進みを繰り返してる車をよそに、ビュンビュンと100km走行w(80km制限やけど、そんなの守ってられないw)。 なんやかんやゆ〜てる間に目的地到着。渋滞なかったら1時間半で着いてたやろうけど、途中途中で徐行したんで結局2時間かかった。 今日お会いする方は今日も働いてるはず。『忙しいときに遊びに行って申し訳ないな〜』って思いながら、いざ彼の働いてる仕事場に到着すると、彼及びその従業員さん達 確かにココやんな?。っておもいながら目の前で手を振るヤクザ・・・もとい彼がおるもんやから間違いない。 てことでまささんも急遽バーベキュー大会に便乗。飲酒運転はまずいんで、缶ビール4本で止めておくw。それにしても肉やら貝やらウインナーやらが激うま。楽しいひとときを過ごさせていただきました。あざ〜す。 最初の1時間で酒を飲み、残り2時間でポカリとウーロンで水分補給。こういう暑い日は発汗で酒の抜けも早い。帰るときには素中の素になって、いざ横浜へ。 帰りは事前の情報やとそんなに混んでないので、ここで最高速を出してみることに。厚木−横浜青葉で12kmの渋滞となってるのは想定外やったけど、それまでは結構空いていた。今まで120kmくらいまでは出せてんけど、それ以上出すと後ろに飛ばされそうになってたんで出されへんかった。今回は東名やったからか?、オーバー120kmに挑戦し、見事140kmクリアw。疾風になりましたねw。 帰りの渋滞も路肩走行で難なくクリアし、結局帰りは1時間20分ほどで到着。駐輪場最寄りのGSで燃料補給。 まささんのハーレーは一般道やとリッター約14km。これは結構いい方の燃費らしい。悪いとリッター12とかもあるらしいので。で、そこから事前に計算して『リッター20くらいじゃない?』と言ってくれてた九州の悪友。結局リッター20.5kmでした。でも、これは高速区間と下道を足しての値なんで実際の高速区間での燃費は次回実家に帰ったときにでも計測しよう。 それにしてもまたまた日焼けがえらいことになっってるねんけど・・・ま〜それもいとたのしってことでw。
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[ 140] 淳心大辞典−さ行−
[引用サイト] http://ha2.seikyou.ne.jp/home/wadashin/jg.s.htm
再試の時は問題を新たに作るが、ここまでくると問題が再試と同じ場合が多い。俺の経験がそういっている。 横道先生が亡くなられた後、しばらく代役にこられた先生。他を寄せ付けない人気をほしいままにした。 そのユニークな名前故に、「じゃんべ」「ちゅんべ」といったあだ名を持つ。学年ごとに違うようだ。 職員室の机を見ると、熱烈な阪神ファンであることが一目瞭然である。黄色と黒の縞模様に塗られたバインダー、左右の端に立っている旗…凄い。 いわゆる聖書関係の本屋、ロザリオなんかを売っている。なぜ俺が知っている?それは秘密。 三者とは、担任・保護者・本人である。教育ママの出番、だ。言うまでもなく、この時期、先生のおめかしはかわいい。 優秀な生徒は5分やそこらで終わるが、出来の悪い生徒は長々と苦痛の時を過ごす羽目になる。親のひきつった笑顔の横で・・・。 S6の夏に「勉強してますか?」と聞かれて、胸を張って「してません」と答えたのは、俺くらいのもんだろう。 姫路城天守閣の南側に広がる、芝生の広場。観月会、観桜会など、風流な催し物が開かれる。 クラブ活動などですばらしい成績を収めた人に贈られる賞。12/2の創立記念式典で授与される。 「淳心学院スペシャルプライズ」の略だが、副校長が英語の島田先生から国語の福本先生に代わったためか、最近ではJGSPとだけ言っている。せっかくうけるのに、もったいない。 時々、「学期最初の授業で提出」という宿題を、あわてて仕上げて勝手にきれてる奴がいる。 西側階段の1階と2階の間に飾ってある。何せでかい。東急ハンズにおいてある「日本一大きなジグソーパズル」など、これに比べればアンパンマンの楽しいパズルである。(どんなたとえだ?) 確かにきれいなのだが、なぜノイシュバンシュタイン城なのだろうか。(ま、柄に選択の余地などなかろうが) おそらく、趣味で作ったものだろう。33回生の福井さんという方が寄贈したのだそうです。10年くらい前に。 本来、「試すこと」という意味しかないのに…。これほどいやな意味が派生・独立するとは、何よりも当の「試験」という言葉自身がかわいそうだ。 定期試験と実力試験、さらに入学試験と小テストであわせて4つに大別され、定期試験は中間と期末に、実力試験は校内実力試験と模擬試験に区別される。小テストも、本試験と再試、それと再々試以降の3つに・・・? 志望校決定に際し、もっとも大事な資料になるのはもちろん模試の成績だ。まかり間違っても定期試験の成績ではない。 何を解説する必要があろうか、いや、何もない(反語)。要するに試験が始まる前の期間のことで、一般に1週間前を指す。 しかしまじめな生徒はもっと前から始めているし、不真面目な生徒はまだ始めない。変わるのは、部活のあるなしくらいであろう。 部活がなくなるため、グラウンドも体育館もあいている。それ故、遊びほうける生徒(主に上級生)が出現する。 期末試験が終わった後で、かつ終業式が来ていない期間の休みを指す。このうち、LHRをも迎えていない1.2日間は最高の気分である。 補導にもっとも引っかかりやすい時期でもある。そうわかっていても、ゲーセンに行く奴は後を絶たない。 食堂の上にある、神父様方の生活スペース。阪神タイガースの法被や旗が安置されているという。 先生の用事などのため、授業がなくなること。急用なら何もせずに過ごせるが、前もって課題を作っていく先生もいる。 ビデオとかを見るための教室…のはずだが、単なる大教室としてしか使われてなさそうである。ビデオとかは、LL教室や宗教室で見るのが習わしとなっているようだ。. 昔は数少ないクーラー設置教室で、夏の補習時には大人気だった(涼みに行く奴もいた)のだが…。今はどこにもあるからなぁ。 淳心祭用語の1つで、これに入っていると役をしなくてすむ。しかし、こっちの方がしんどいのではないだろうか。 場所争いはかなり過酷だが、遅れてきた奴のチャリが邪魔で早く来た奴のチャリが出せない、なんて事もままある。 淳心学院から2Km以上離れたところから通う者にのみ許された通学方法。しかし、直線距離で測っているため、道のりとは大きなずれを起こすこともある。 ちなみに許可されていない者が自転車で来ると、もちろん怒られる。度重なると、食堂の裏(職員用)の自転車置き場にもって行かれる。 はっきり言って理想的な通学方法だろう。電車通学の者たちにとって、うらやましいことこの上ない。 この項目がこんなに長いのは、俺が自転車担当Sを恨んでいるからだろうか?ちなみに新改訂版ではかなりカットされた。 おまけ。バックステップをつけていると、いつの間にかはずされてしまう。二人乗りは荷台に腰掛けてするものだ、ということだろう。 このころには、淳心に来たことを(様々な理由で)悔やんでいる者が増えてくる。しかしその責任はだいたい本人にある。 英語科の重鎮、ミスター文法。彼を慕って質問に来る生徒は数知れない。ちなみに巨人ファンだ。 長崎出身で、上智大卒。授業中でも、たまに「ソフィア・ユニバーシティー」を持ち出す。 英語にまつわる数々の名言をお持ちで、代表格はやはり「…、〜」(てんてんてん、しゅー)であろう。 もう一つ。忘れた弁当の取り次ぎ窓口としても、力を発揮する。よくお世話になりました。 J2あたりが一番うれしがってこれを言う。しかしまだかわいいもので、Sコースにもなると、頻度こそ下がれ(こそ+已然形、逆接)かなりえげつないことも平気で言う。頼むから乱発すんな。 存在自体が怪しいクラブ。淳心祭には一応出品しているが、いつどこで活動しているのかはいっさい不明。 この部に所属していた39回生のF田は、雛形あき子が姫路に来たとき、開演5時間前から場所取りをしたという。(ていうか、俺が見かけた。偶然。) 某社会科(日本史)教師の台詞。ほかにも、「まだ残ってるじゃねぇか!」「早くしろ早く!」などがある。 部活の終わったあとさっぱりするため、また合宿中に使うもの。クラブハウスにあるのは冷水しか出ないが、校舎内にあるのはお湯も出る。しかし校長しか使えない、といわれる。 俺は使ったことがないが、使うときには下着の替えとタオルを忘れずに。濡れネズミになってからでは手遅れだ。 淳心学院での6年間のなかで、最大のイベントであり、また最後の旅行でもあるもの。これまでの学年での旅行とは、格が違う。 ほかの高校と違うところは、高2ではなく高1で行くこと、行き先は生徒が決めること、があげられよう。去年までは、これに「飛行機が使えないこと」も入っていた。 飛行機は、’97年の北海道旅行から解禁された。なぜ使えなかったか、については諸説があるが(校長が飛行機嫌い、もし落ちたら全滅する、など)、定かではない。今回解禁されたのは、どうやら、「落ちても学校のせいではない」と開き直ったかららしい。そうなると、禁止の理由は後者、ということになるな、つまらん。 この旅行中には、生徒は出来るだけ遅くまで起きていようとし、教師はそれを阻止しようとするため、心理戦・頭脳戦が果てしなく繰り広げられる。何を考えてか、淳心生は修学旅行にファミコン類を持ってくるのだ(俺も)。ただ、夜は早めに寝ておいた方がよい。バスで移動中の景色ってのは、なかなかおつなものだ。 ただでさえ校則の少ない淳心学院だが、この期間中はその緩さが最大になる。法律さえ守れば、大丈夫だろう。守らないやつも、いたな。 野球部の人脈を生かして得た情報によると、どうもバスガイドの「当たり」の確率が低いようだ。市営バスの笠木さんはかわいかったが。 ちまたで始まった、日本人キリギリス化計画その1。働きアリの時代はもう終わりそうだ。 淳心生はこの流れに乗り遅れた。まぁ、元々キリギリスばかりだから、張り切ってこれを導入するとミノムシになるという危惧もあったのかも知れないが。 淳心はカトリック系であるから、このような授業がある。聖書なんかもたまに使う。しかし、道徳の授業はない。 淳心学院はテストが終わると即休みなので、このころの気分は休みの真っ最中なのだ。そんな日に成績表なんぞ返されては、ブルーにもなるって。 勘違いして休んでしまう愚か者もいる。危うく私服で来そうになる間抜けもいる。休みボケして眠そうな正直者もいる。 「剣道部」の項でもふれたが、剣道部はあるのに柔道部はない。だが、柔道同好会が発足した、という情報を耳にした。 一日の終わりを飾る、担任とのひととき。しかし、担任はそう易々とは帰してくれない。 数々の宿題・課題の返却、それだけならまだしも、「終礼テスト」なんてモノが行われる。 終礼時に行われる小テストのこと。これのせいで、6時間目の授業が聞けなくなることすらある。(自分が悪い、というつっこみは、あえて却下する) 終礼だから、授業中に調べればいいか、なんて安易に構えていると、ふとしたこと(例:月曜日全校朝礼の降雨中止)で繰り上がり、朝礼テストに変身することもある。悲しいことである。 上記のようなとき、調べているくせに「最悪やー」と叫んで、結局いい点を取る奴がいるが、それこそ最悪である。 同じく、朝礼でも終礼でも調べる気がない奴が「最悪やー」と叫んでいる。そんなかわいい奴もいる。 教師という人種は、どうしてこれを出したがるのだろう。我々生徒は誰も望んでやしないのに。 自分の教科からしか出ないとでも思っているのか、1日でこれらを処理し、かつ予習復習をこなすなどは不可能な量を出す。 淳心生なら、まず間違いなく選ぶ進路、試練。一応俺もこれを突破した、ということになる。 この時期になり、S5の諸君が親しい先輩の話などを聞いていると、「えっ、この人そんなに偉いの?」と思わされ、また、一時的に焦る。 早いうちに志望校を決め、対策を練っておかないと、1ヶ月で地理をやる羽目になる。これはつらい。 自信も余裕も程々に持っておかないと、ノイローゼになってしまう。持ちすぎると、落ちる。 朝終礼で唱えるもの。低学年では速さを競い、学年が上がると覚えているかどうかを競う。 Jコースの事。ネクタイの色はえんじ。体が小さい上に真面目に教科書を持ってくるので、鞄がやたら大きく見える。 確か「年下の」という意味の単語だったと思うが、どう見ても高2くらいに見えるJ1もいる。 それはいいとしても、わざわざ入場行進をせねばならないのはなぜだろうか?そのための練習も…まさしく「無駄」である。 文字通り、淳心学院の文化祭。毎年9月15日、すなわち敬老の日に行われるが、この日、少なくとも校長は敬われていない。まだ若い、ということだろうか。 淳心祭執行委員会によって運営され、各クラブや同好会などが展示を出す。そういったものに入っていない生徒も何らかの形で参加するようになっている。 これの準備作業をさぼることは、淳心学院においてもっとも重い罪とされており、一発で停学になることもあり得る。毎年停学を食らうものがでる。 出店がかなり出て、それなりに繁盛しているが、先輩の威厳をもってただ食いしようとする不届きものもけっこういる。 世間では、「真面目で優秀なお坊っちゃん」と言うことになっているようだが、残念ながら大はずれだ。 新改訂版は1995年に発行され、教師の紹介などが増え、辞典そのものも強化された。 そして三訂版がこのインターネットヴァージョンである。自由に改訂できるのが強みである。Wadashinが一人で作っている。もっと強化しますので、お楽しみに。 淳心学院某教師(Hか?)の造語。おおかたの淳心生は、この中で腐ってしまうらしい。あな恐ろしや。 腐った奴、生の奴、腐ったかと思ったら発酵していた(何とか持ちこたえた)奴、いろいろいたなぁ。 現在、平気で全国大会に出るなどして、淳心で最強を誇っているクラブ。親御さんから見れば、「やっぱりね…」ってとこらしい。 ほとんど毎週、全校朝礼で表彰されているが、そんなに試合があることの方が、俺には不思議だ。 文字通り小さい教室。普通の教室の1/3くらいだろうか。収容人員からして、文系生物のためにあるといっても過言ではなかろう。 朝礼や終礼で行われることが多く、クラブや帰宅が遅くなる原因でもある。こんなに害があるのに、誰もこれを廃止しようとはしない。けしからん事である。 Sコースにもなると、毎日これがある。ひどいときは、1週間の朝終礼すべてでこれが行われることさえある。 最大の問題は、これらは「再試」を伴う、ということである。その数は雪だるま式に増えてゆき、教室・職員室・合併教室・選択教室をマッハで行き来しなければならなくなる。 毎日12時35分のチャイムを合図に、主に若い生徒たちによってここへのレースが繰り広げられる。スリッパが脱げると悲劇、転ぶと最悪。そのため、淳心生のスリッパ選びの基準は「走りやすさ」が第一である、といわれる。 券売機を使って食券を購入するのだが、カレーが売り切れていてカツカレーがある、という奇怪な現象がよく起こる。 麺類大盛り(50円増しで、麺2倍)は、いったいどこへ消えたのだろうか。今の生徒は、誰も知るまい。 1階、西玄関のすぐ横にある。保護者面談などに使われるが、神父も使っているのだろうか。 2階、J1Cの横にある。校長はここにいることがある。マリリン・モンローのタペストリーはあまりにも有名。 今も昔もSコースの生徒が主に利用する。様々な配布物、大学の資料などがあるのだ。結構役に立つ。 言うまでもなく、センター直後が一番混雑する。コンピュータが設置され、出願の助けをしてくれるのだ。 汎用時間測定装置。時刻を表示できるもの、1/1000秒まで計れるものと、多彩である。 腕時計などにもついており、生徒の時間つぶしに役立っている。9秒99などは簡単で、7秒77などが意外に難しい。 日本史教師Hが首からぶら下げているもの。生徒が授業中にトイレに行こうとすると、制限時間を宣告し、測定するのだ。 ちなみに、その腕時計がデジタルでストップウォッチがついていたことは、言うまでもなかろう。 賃金の交渉における最終手段。公務員には認められていない。(団体罷業権、だったかな?) JRや、山陽電車の社員たちがこれを行うと、淳心学院は休校となる。しかし、やるぞやるぞと言って淳心生を喜ばせたあげく、直前で回避する。 球技大会の方が陸上大会よりも(特にS6の)出席率が高い。受験前だからとさぼる輩を減らすため、球技大会を秋に行うようになった。 淳心学院では、上履きはスリッパが推奨されている。J1などは上靴を使うこともある(最近その傾向が顕著になってきた)。 「食堂」の項でも述べたが、走りやすいものを買うことをおすすめする。「ヘップ」と言われるものがベストか? 上級生になると自己主張が激しくなり、便所用のを履いたりセーラームーン(古いな、もう)、果ては「わらじ」などを履く者が現れる。 新課程によって(38回生から)M4に導入された科目。いわゆる家庭科で、縫い物や調理実習などをやる。結構楽しかったりする。 男子校なので、家庭科室などはない。どこで調理実習をするのかというと…生物室である。 宗教というものはどれも怪しげな側面をもっていることは、ルカ3 23-38を見れば明らかである。 普通の生徒はまず入ることのない、禁断の聖域。校務室の隣にあり、さながらカタコンベの様相を呈している。 神父様方なら教会に行けばすむことだし、いったい何のためにあるのだろうか、謎である。 生徒証や欠席届をかねた、多機能手帳。ほかにもカンニングや校歌の歌詞の確認など、いろんなニーズに応えてくれる。 道路標識も載っていれば、定期入れにもなる。しかし、姫路駅が自動改札になれば、定期入れとしては使いにくくなる。 校則もここにかいてあるが、かなり少ない。ご存じだろうか、生徒指導室のロッカーにはほかの学校の生徒手帳が何種類もおいてあることを。そしてそれには数々の、思いもつかぬ校則があることを…。 我が校はブレザーである。ネクタイはもちろん、革靴を履いてはじめて「制服」と見なされる。昔は帽子もあったそうだ。 最近姫路地区の高校にブレザーの学校が増え、紛らわしくなってきた。いい意味で「あれは淳心生だな」と分かるような、きちんとした着こなしをしてほしいものだ。 毎年同じ昆虫採集の標本があるのは、気のせいではないようだ。N井兄弟による力作である。 淳心では(特に高学年になると)後ろの席が好まれる。目の悪い人に前の席を譲る、と言う自己犠牲の精神からであろうか。 クーラーがついてから、座席争いは激化したのではないかな?廊下から2列目あたりが最高であろう。 全校委員長が各委員を任命してできあがる機関で、生徒の最高意志決定機関。中学部、高校部それぞれに存在する。 他校の生徒会と違い、教師との「対決」はしない。仲良くやっていこう、と言う感じである。 やっていることは、ソフトボール大会の運営…位しか知られていないが、ボランティアなどもやっているのだ。 これも中学部・高校部ともにある委員で、立候補者がいれば生徒の選挙により任命される。 一年でもっとも鬱陶しいイベントの一つ。大したことも言わない演説を聞くために、わざわざ体育館(中学部は武道室)まで行かされるのだ。 それで過半数をとれないと、落選である。38回生がM3の時、J2の奴がこれで落ちた。それも仕方のないことである。 演説は短い方が人気が高くなるようだが、短すぎると「何のために体育館まで行ったんや!」と言うことになる。バランスが大事だ。 主に月曜日に行われる、運動場での朝礼のこと。運が良ければ、坪田先生の雄叫びが聞ける。 上級生になればなるほど、遅刻も服装や列の乱れも態度も私語もひどくなる。よき模範になってほしいものだ。 4月5月のうちは、校長の「オハヨゴザイマズ」に対するJ1諸君の元気でかわいらしい挨拶が聞ける。 12月3日、つまり試験前なので、遊びには行けない。全くもって使えない休みである。 正しくは、卒業証書授与式。全校生徒が出席する。全課程を修了したS6の生徒がこれで巣立ってゆくのだ。 毎年、我が校の卒業式では10人ほどが壇上でパフォーマンスをやる。雪辱の機会はもうないため、必ず成功させなければならない。 38回生では、女装した奴、それに告白した奴、校長(はげ)にハゲヅラかぶせた奴、卒業証書(レプリカ)を引き裂いた奴などが現れた。結構レベルは高かったのではないだろうか?
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